『NFTでミニマリズムの意義はなくなるのか?』
最近流行ってきた「Web3.0」の中に、「NFT」なるモノがある。
いや、「モノ」ではないか。なぜなら存在しないから。
Web3.0とNFTの詳しい説明はこちら↓
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理解した範囲でざっくり説明すると、
「『これはわたしのもの』と所有権を主張できるようになったデジタルのデータ」である。(間違っているかもしれない)
例えば現在、SNSの写真や絵画などは、スクリーンショットや保存が可能なものが多い。
著作権というものはあるが、それは保存したもので収益を得ようとした場合のみである。
だがNFTは、見ることはできても、保存ができない。
お店の商品を気に入って、触れることはできても、所有権を主張して勝手に持って帰ることができないのと同じである。
最近は「NFTアート」が注目されている。
コレクションタイプのNFTアート『CryptoPunks』を見たことがある方も多いだろう。
実物の絵画は日光や湿気による老朽化もあり、管理が大変だ。
最近は環境活動家による「エコテロリスト」など、絵画の価値が失われる危機にさらされることもある。
だが、NFTならこの心配はない。
データのため老朽化もなく、傷つけられることもない。
さて、本題に入ろう。
『NFTでミニマリズムの意義はなくなるのか?』ということだ。
NFTはデータだ。
部屋の小物のように、掃除の邪魔になることもない。
服のように、ホコリが溜まることもない。
では数を気にせず集めまくってよいものだろうか?
私はそうは思わない。
例をいくつか挙げたい。
一つ目にスマホのアプリ。
https://omocoro.jp/kiji/130040/
二つの画面のうち、どちらが見やすいだろうか?
左を選ぶ方が多いだろう。
このようにデータでも、多いことによって選択が難しくなるデメリットがある。
二つ目に写真フォルダ。
皆さんは写真フォルダに何枚写真があるだろうか?
私を含めた5人にアンケートを行った結果、4枚~20000枚とまちまちであった。
そして、写真が少ない方がフォルダの中身を把握しており、愛着や思い出を持っていた。
NFTアートも、大量に持つのではなく本当に気に入ったものを少量持っておくべきではないだろうか。
さて、今回は『NFTでミニマリストの意義はなくなるのか?』についてお話しした。
役に立つことはないと思う。
あるとすれば、NFTが流行っているからといって急いで買う必要はない、ということくらいだろうか。
VRやNFTなど、現実で場所をとったり、汚れるモノでなかったとしても、
ミニマリズムの存在価値が失われることはない。